阿曽原温泉小屋

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こんな年に限って・・・。

2020-06-24

写真

阿曽原谷の丸太橋がもう出来ました。(早過ぎて、梅雨末期の大雨で流されないか・・・)

昨日まで、阿曽原の鉄骨のペンキ塗りに入っていました。

今年の黒部川筋は残雪が少ないのはお伝えしてきましたが、水平歩道・旧日電歩道共に歩道の損壊箇所は少なく残雪も異常に少なく、更には管理者である関電さんが工事の発注を早く出してくれたそうで着手も早く、梅雨入りしても天候が安定しているので水平歩道は早目に整備が終わりそうです。

旧日電歩道についても、偵察によれば残雪量は「新越」「黒部別山谷」等もかなり少ないとの情報が入って来ており、同じく早目に整備が終わるのではないかと思われます。

こんな年に限って・・・なんで???

阿曽原小屋は夏場の営業は諦めましたが、「相応の感染防止対策」が取れるようになれば九月以降には営業できるようにしたいと思っておりますので、黒部を訪れる計画を考えておられる方はこのページをチョイチョイ覗いてみてください。

まさかの・・・?(人間、振り返るのも大切なのです)

2020-06-24

写真

仙人谷ダムから上流を!(正面に雲切谷左俣の雲切の滝)

続き。

漂着者は、大岩のポイントで本流を登らずに左側から合流する枝沢を上り詰めてしまったのでした。

本流は大岩のポイントから右側になりますが、雪渓が切れて沢登りとなる上に両岸が狭まっていて・・・パッと見では行けそうにありません。(そりゃそうだわ、ルートではないのですから)

反対に枝沢の方は、その時期には未だに上部まで残雪が残っていたので登ってしまったようです。(北向き斜面になるので長く残る年があります)

途中からは沢沿いの雪渓というよりも、急斜面に張り付く残雪なのですが・・・残雪が無くなった後は尾根まで大変な藪漕ぎだったはずです。

途中で振り返れば、仙人温泉小屋と前後に続く登山道も確認できたと思うのですが???

登り詰めたのは、現在の雲切新道 1629mピーク のはるか上部の藪尾根上(たぶん1,900m付近)で登山道などあるはずもなく・・・登って来た斜面と反対側の雲切谷右俣の谷底には、送電線と黒部川沿いに仙人谷ダムから東谷吊り橋に向かう道路が見えたそうです。

続く。

※参考

ちなみに、写真の右上から中央に下ってきているのが「雲切新道」が付けられている尾根ですが、その裏側が雲切谷右俣になります。

ややこしいですが、谷を下流から上流を見て右側が右俣!(右岸・左岸の呼び方とは反対です)

フフフが伸びて来ました?

2020-06-21

写真

夕暮れに影が伸びます。

本来この時期、天気が良ければ阿曽原に入って小屋の内装工事をしているはずだし、下界にいても夕方は飲みに出ていることが多くて・・・。

自宅で晩酌後に散歩に出るなんてことも無かったのですが、出てみると最近気が付くことが沢山あって。

「田植え」が先月終わったばかりなのに、随分と稲が伸びています。ちなみに、近所の田んぼで今年植えられているのは「富富富」(フフフ)という品種がかなり多く植えられています。(管理が厳しいらしく「富富富」が作付けされている水田には目印のプレートがあるのでスグ分かります)

「富富富」は、富山県が「コシヒカリ」だけに頼らずにと開発して栽培に力を入れている品種です。 (やがては阿曽原でも、食べていただくことになってゆくのかも?)

この時間「フラフラ」していると、うるさくカエルが鳴き出して・こんなにいるのって数のコウモリが活発に飛び回り・同じ場所で出会う私が気になっているみたいな野良猫がいたり・暗くなるとホタルがフワフワと・・・いろんなプチ発見に出会えています。(今日は夏至!本当はこんなことやっている場合じゃないのだけれどなぁー)

まさかの・・・?(地図を見ましょうよ)

2020-06-21

写真

仙人温泉付近の雪渓

続き。

病院での漂着者への警備隊の事情聴取によれば、欅平~阿曽原キャンプ場~仙人池・池の平~剣沢へとテント泊で入山した。

阿曽原キャンプ場を出発して、旧道を阿曽原峠を経由して仙人谷左岸の登山道から雪渓がたくさん残っていた仙人谷へ降りて雪渓を登って仙人温泉を目指した。

本来ならば、雪渓を登り出すと右側から合流する雪渓が二本あって、どちらも少し登れば登山道に戻れるし最悪見逃しても、仙人温泉小屋 直下の温泉管理用の踏み跡(現雲切新道)があるし、更にそこには温泉を対岸の源泉から引いている黒パイプが、見上げた空中には谷を横断しているのですが、漂着者の方はそのまま雪渓を上り詰めていったとのことです。

写真を見ると、右下から中央に登っている雪渓が消える辺りに見える「黒い大岩」の場所から右側に沢床が見えています。その先に、また雪渓が始まっているのが仙人谷本谷で更に上流でも二股に分かれているのが分かるかと。(地形図を見ると谷の枝別れと登山道が分かるかと!)

実際に残雪の多い年ならば、そのまま仙人谷本流を登って行けば再度登山道に合流するので間違いとは言い切れないのですが・・・この時点で、ちゃんと地図を見ていれば分かるはずの登山道に戻るポイントを3ヶ所も見逃したことになります。

もう一回続く。

まさかの・・・?(予想外の行動をするから行方不明に)

2020-06-19

写真

半月沢出合に引っかかるスノーブロック!(岩盤にビミョーに寄り掛かってます)

池ノ谷での救助の話を先にしましたが、道迷いの遭難って実は沢山あるのです。

多いのは道を失って川・沢を下ってと書きましたが、これはちょっと変わった道迷いの話です。

梅雨明け直後、天候が一番安定する頃の話です。

仙人谷ダム からの連絡で、

「黒部川を上流から登山者が流れて来て、勤務員が岸まで引き寄せて助けた」

との連絡が???

エーッ!流れて来たって・・・まだ黒部ダム方面の「下の廊下」は残雪で通過できるはずもなく? 

梅雨明け直後の本流は、水量も多く冷たい雪解け水がゴーゴ~と流れる時期です。 当たり前の事ですが、漂着者は低体温症で言葉も発せられないくらい凍えていたそうです。

当時は雲切新道が作られておらず、登山者は阿曽原峠経由の旧道を通って仙人温泉と往来しており、仙人谷ダムより上流に向かう人はいないはず!流れて来たって・・・何処から来た漂着者なのか???

続く。

黒部は生きてます。

2020-06-16

写真

鐘釣駅下流、不帰谷出合の堆積土砂

一時大雨が降った黒部でしたが、天候の回復が早く被害は有りませんでした。

写真は大雨前の、不帰谷出合 の堆積土砂です。

左側に不帰谷があって、本流分も含めて見えている灰色の土砂は全て押し出されてきたものと思ってもらっていいかと。

地形図を見てもらうと分かりますが、不帰谷上流は崩壊地となっていて崩れた斜面の土砂は黒部川本流まで届いているのです。(白馬岳~祖母谷温泉へ下る登山道では、不帰谷で発生している落石・崩落音が晴天時でも継続して聞こえてます)

時には少量の雨でも黒部川を堰き止めてしまうこともあり、直ぐ上流にある鐘釣駅付近の川原がダム湖の様に水が溜まることもあります。

そもそも撮影ポイント直下の黒部川は、巨岩が沢山見られて気温の低い時期には温泉の湯気が立ち上っているのも見られたのですが・・・川床全体が数メートル嵩上げされてしまいました。(下流の猫又付近も川床がかなり上昇したし、その下流の「出平ダム」が土砂で埋まるのも理解できます。

H7年洪水後にはまだ巨岩は見えていたのですが、次々と土砂が押し寄せて来ていて崩壊が治まる気配なしです。(地形図に出ている「不帰滝」は既に埋まっているのでは?)

昭和の初めには、不帰谷出合には「新鐘釣温泉」という大きな温泉宿があったそうですが不帰谷の土砂氾濫で被害を受けて廃業したと聞いています。

黒部は、急峻な地形・地形が出来上がった要因・大雪や大雨等の気象条件等で、どんどん変わっているのが地元に住み続けていると良く分かります。

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