阿曽原温泉小屋

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正しい雪洞生活?Ⅴ(真っ暗闇)

2021-03-15

写真

中央右奥に「剱岳」(生地灯台先の海岸線から)

パーティー全員が、大窓から登り返した塞がれてしまい2561ピークに着いた頃には日没となっていました。当時のヘッドランプは、豆電球を単三電池四本使って使うもので現在のLEDを使った明るい(眩しい?)ものではなく、足元以外は真っ暗な空間となっていて不思議な感じがします。

その地点から 池の平山頂上 までは、岩と這い松ミックスの痩せ尾根なのは分かっているので何としても頂上を超えて今夜の寝ぐらを作れる場所まで行かねばなりません。

3月初旬とはいえ、標高2500mの不安定な雪が張り付いた痩せ尾根の北方稜線で、寒風に曝されながらツエルトを被って朝まで座って?ビバークするなんて、想像しただけで身も心も凍り付いてしまいます。

動いていればこそ身体も暖められますが・・・なによりも、意識が有るのやらないのやら分からなくなってきている若い隊員をこんなところで朝まで留め置く訳にはゆきません。 って言うか、このまま消耗していって低体温症でも発症されて「錯乱状態」にでもなられ様ものなら・・・。

先頭で班長が、慎重に慎重にフイックスロープを伸ばしながら進んで行って、なんとか「池の平山」直下まで全員がすすみました。

あと一息で頂上なのは暗くても分かるのですが、どこから取り付いても不安定で覆い被さられる雪稜(巨大なマシュマロを重ねた様な)に行く手を塞がれてしまいました。どこから取り付いても崩れるばかりの雪稜は登れず、両サイドは切れ落ちていてライトの光が届かない真っ暗闇です。

調子いいみたいです。

2021-03-14

写真

たくさん地元産が並んでいました。

魚津市の「海の駅 蜃気楼」に寄ったら、ホタルイカが沢山並んでいました。

先日の深夜に大量の「ホタルイカの身投げ」があったみたいで、ローカルラジオでも話題になっていました。

参考:【ホタルイカの身投げ2021】旬や時期 地元民が実際に採ってきた!

この時期は地元の人のお楽しみで、夜な夜な投光器と大きなタモを持って海岸に出掛けている方が大勢おられます。

私は掬いに行くことはないのですが、知り合いの方が掬って干物にしたものを頂いたりしております。

早くコロナが治まって、みなさんに富山に食べに来てもらいたいものです。

正しい雪洞生活?Ⅳ(アクシデントも乗り越えられる余力を??)

2021-03-14

写真

「大窓」のコル(北方稜線には、頂上に向けて「小窓」「三ノ窓」の顕著なコルが)

ここで問題が 「大窓」 のコルの小黒部谷側は吹き溜まりになっているはずで雪洞を作るには適地と考えていたのですが・・・見ると雪面の傾斜や雪の量等が不安定に見えて、ここで怪しい斜面を頑張って掘るか?掘ってみて適地でなかったらどうしよう? もう一登りして「池の平山」頂上から池の平小屋方面に下れば、夏でも雪田が残るくらいだから適地が見付かる様な気がするけど行ってみないと分かりません。

メンバーの消耗度合い?気温低下による運動能力の低下?暗い中で険しい痩せ尾根を登れるのか?翌日からの天候悪化予報!等々を考え併せた結果、「池の平山」頂上に向かう事に決めて薄暗くなった急斜面をヘッドランプを頼りに登り始めます。

写真を見ると良く分かりますが、登り返しの斜面は岩の形が分かる様に風の通り道なので雪面はクラストしてパンパン!岩もミックスしていて、アイゼンを効かせながらズ~ッと緊張を強いられる登りです。

先頭は交替で、ルート工作しながらザイルを伸ばしてゆきますが、メンバーの中で一番の若手隊員の様子が???大窓手前辺りから口数が少なくなったり「ボーッ」としている事がある様に見えたりしていたのですが、声を掛ければ反応は良かったので行動を続けたのですが??長大で緊張を強いられる北方稜線核心部に、心身ともに消耗し尽くしたのでしょうか「フラフラ・グラグラ状態」とても一人で歩かせる訳にはゆかず二人の隊員が付きっ切りでサポートに当たります。

正しい雪洞生活?Ⅲ

2021-03-13

写真

吹きっさらしでテントを張るのとは違い、雪洞内は音が吸収されて静か・温度も外気温に関係なく雪温なので零度前後・テントの様に吹雪で雪に潰される心配も無いのですが、湿度が高いのでモノが乾かない・密閉すると酸欠の心配(新しい雪洞は雪の結晶の隙間に空気があるからそれほど心配ないけど、長く使うと雪の表面が融けて水分で塞がれる形になるので・・・他には閉所恐怖症の人には無理かも)空気が淀む(臭いが・・・)等の問題があります。

寝不足での登高と、遅い時間まで掛けて丁寧に(無駄に?)作った雪洞でしたが、翌朝は風はあるけど充分行動できる天候、今日から始まる「剱岳北方稜線」の核心部縦走は私的には初めてのコースなのでワクワクしながらも気合を入れ直して出発準備をします。

昨日までの尾根とは違い主稜線は富山湾からの強く冷たい季節風に直接曝されるので、痩せた岩稜は凍っていたり急斜面はパンパンにクラストして、雪庇も平らに突き出した庇状であったり巨大な丸いアイスクリームが重ねて乗せられた不安定な形状?だったりと悪場の連続です。

写真や地形図で見ると距離も短く見えますが、ルート工作と確保しながらの縦走は時間が掛かり「大窓のコル」 に全員が降り立った時点で午後も遅くなっていました。この先、日没に向けて行動するのは登山の基本に反してしまうのですが、ヤバい場所の連続で時間が掛かり・・・そんなルートには雪洞を作れる場所など全くありません。

変わらず流れてます

2021-03-11

写真

玉石だらけの河原には冷たい水が!

もう10年、まだ10年・・・マルの事故も東北の震災も、突然の災難って一言では片付けられない不幸に見舞われた当事者の方々の本当の苦しみは分かるはずもない私ですが・・。

少しずつ少しずつでも、一緒に前を向いて進んで行ければと願うばかりです。

※変わらない流れ

写真は、黒部川に架かる 「権蔵橋」 から上流の朝日岳~白馬岳を眺めたものです。近くには、北陸新幹線「黒部宇奈月温泉駅」 北陸自動車道「黒部インター」があって晴れた日にはキレイに山が見えるのです。

黒部川の水は 何百万年? も前から、あの奥山から何があってもズ~ッと流れ続けて豊かな恵みも与えてくれますが、時には暴れて人間の小ささを思い出させてくれたりします。

写真の辺りの下流域では、最近水害の発生も無く平和で安全な生活に慣れてそれほど不安も持たずにいますが、この辺りの屋敷・水田何処をを掘っても玉石や砂が出て来るのは見渡す限り黒部川の河原だった証拠です。

東北の震災が教えてくれるものが沢山あるはずで、私には大した事出来ませんが人間がこの先「黒部川」とどのように共生してゆけるのか?考える日にしてゆければ良いかなって思う次第です。

正しい雪洞生活?Ⅱ

2021-03-10

写真

赤谷山~剱岳までの北方稜線(立山町三ッ塚新の常願寺川右岸堤防より)

ある程度掘り進んだところで、5人分の荷物を入れて横になる広さと立ち上がれなくても中腰で移動できる高さに広げてなくてはなりません。

何日も使って洞内が人の熱で温められたり雨が降ったり外気温が上がると、雪が緩んで自重で天井が徐々に下がって来るので、最初に高さを確保するか後から掘り上げる必要が、適当な雪洞を作って朝目覚めて天井の低さに驚いたことがあり、いろんな条件を考え併せながら作る必要があるのです。

曇天のガスの中でも暗くなって日が落ちてきているのが分かります。どうせ一晩だけの寝床だし明日からの行動を考えると、トットと完成させて飯食って寝なければなりません。

雪洞を掘り始めた場所は、見込み通り雪の厚さがありガチガチに締まり過ぎておらず掘り易い雪質で、風も強くないので入り口が雪で塞がれてしまう心配もない適地でした。

イイ感じで広がって、もうそろそろ良いかな~って思うのですが・・・班長はスコップを振るう手を休めません。 壁の中に物置の棚代わりの大き目の穴やロウソク立て用の小さな穴を掘って、天井をなるべく滑らかにしなければ雪が融けて水滴が落ちて来ると凸凹を削り出します。 

外は日が暮れて暗くなり気温が下がって雪洞の外で作業する若い隊員が凍えていても、暖かい雪洞の中でヘッドランプを点けての作業する者には関係ありません。 なにしろ訓練なんだから、一泊だけなんだけど!キッチリとした雪洞を作るのも訓練のうち??

赤谷山頂上直下に、数日間はシッカリ泊まれる立派な雪洞を作り上げて夕食を食べ始めたのは20時過ぎだったと記憶しています。

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