阿曽原温泉小屋

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それほど寒くありません。

2020-12-24

写真

今朝の家の前!(左上の山が白馬方面)

凍ってはいますが、それほど寒くはないのですが早朝は流石に田んぼに氷が張っていました。

前回の積雪は融けて縮んでしまいましたが、縮んだ雪は冷えると表面が凍って硬くツルツルになってします。

仙人谷ダムでも積雪が縮んだとのことですが、気温が下がり表面が凍った上に軽いサラサラの新雪・アラレが積もると、滑り台の上に乗る感じで雪崩が発生しやすくなるのです。

その際に積雪量が多いと、大規模な雪崩が発生してしまいます。

見た感じでは・・・。

2020-12-24

写真

今朝(7:15)の白馬方面は、ボンヤリ朝焼けでした。(今夜は、悪天予報!)

先週の関越道で大渋滞を引き起こした寒波の際には、富山も雪は降りましたが「大雪!」というほどではありませんでした。

仙人谷ダムでは、寒波が抜けた後に気温が上がったこともあり現在は50㎝足らずの積雪だそうです。

写真は今朝の白馬方面ですが、前山はの稜線には樹木が黒く見えているし奥山も「真っ白」という感じではありません。(稜線に雪煙が!)

年末に寒波襲来の予報が出ていますが???

愛があるかい?

2020-12-22

写真

脂身が多いように見えますが???

豚バラ肉を買い込んで、「角煮」を大量に作って大仏家をはじめ御裾分けしました。

正月前に剱岳の登山口 「馬場島」 へ、慰問がてら 「角煮」を作りに行ってるので予行演習を兼ねて作りました。

国産の三枚肉も大根も安く売られていたし、臭い消しのネギと生姜も大量に頂き物のストックあったのですが、家で作るにははコンロも鍋も小さくて・・・。

一度作って具を取り出した後に、追加で茹でた大根と茹で卵を追加しました。

三枚肉の脂身が多いように見えますが、追加の具材に煮汁がいい感じに馴染んでくれました。(脂身はホタホタだけど、煮崩れることも無く)

ヤッパリ、料理は「愛」だわ!

東京スカパラダイスオーケストラ ライブに行ったのは一度だけですが、『愛があるかい?』 この曲、元気が出ますよね!

目の前に見えているものが、全てではないのです。

2020-12-22

写真

夏場の写真!

不帰谷出合の夏場の写真ですが、堆積土砂の中に水の流れた跡が分るでしょうか?

不帰谷は、雨が降っておらず晴天なのに赤茶色く濁った水が流れて来ることが良くあります。

崩れた土砂は黒部川まで運ばれて、河原を埋めて川床を高くして行くのですが写真の右下の流れの辺りは以前は巨岩が目立っており川床からは温泉が湧いていたので、冬場に湯気が立ち上っているのが確認できたのですが・・・現在は全く分からなくなりました。

昭和初期には、不帰谷出合の黒部川右岸に「新鐘釣温泉」という温泉宿があったと聞いていますが、不帰谷の崩壊・氾濫で宿がダメージを受けて営業を諦めたとのことです。(今でも、新鐘釣温泉に向かうための廃道を確認することが出来ます)

「目の前のモノだけ見て判断せずに!」って、なんにでも通じる事ではないでしょうか???

黒部は、生きてます!

2020-12-20

写真

左側に不帰谷から押し出された堆積土砂が・・・。(こんなの無かったのに)

写真は 鐘釣橋 から上流を見たものですが、左側から合流する不帰谷奥の山腹が崩壊して、押し出された土砂が堆積して盛り上がっています。

ちなみに、白馬岳~祖母谷線登山道の1,681m百貫山コルで休憩していると不帰谷側からは、藪が濃いので崩壊面や堆積箇所は確認できませんが崩壊・落石の音が良く聞こえてきます。

以前は、この土砂は無かったのですが・・・出合直上にあった「不帰滝」は埋まって見えなくなっているのでは?(測量のサポートで、以前遡行した時に高巻きさせられました)

盛り上がっている場所だけではなく、下流にも大量に押し流されて河床が上がり鐘釣橋直下に湧いていた温泉の湯気は全く確認できなくなったし、下流の猫又駅までの河原の様子も河床が上がった関係で河原が広くなり風景が全く変わってしまいました。

山を見る目!

2020-12-19

写真

東鐘釣山のトンネル上部壁(右下にはトロッコの架線)

2日前の鉄橋上部の岩壁写真になりますが、頂上左寄りから下方に向けて岩壁に枯れ沢のような地形が分るでしょうか?

以前「ニホンカモシカ」の生息調査で、真冬に鐘釣橋の上で2日間ほど定点観測をしたことがあります。(ニホンカモシカは冬眠しないので、真冬に雪面に残る足跡を頼りに個体を見つけて、生息数や個体確認を行うのですが・・・とにかく寒い!)

その時に、その枯れ沢地形で小規模な雪崩が頻繁に発生して鉄橋の下流側に落ちてきました。壁が急峻過ぎて、積雪が多くなる前に次々と雪崩れるのでそれほど大きなものは発生しませんが、巻き込まれればもちろんアウトです。

戦前にトンネルを完成させた当時の技術者も、山をよく観察して雪崩や落石の通り道等を想像して掘削場所を決めたのであろうと。

そして黒部の流れは今とは比べ物にならない激流を脇目に危険と隣り合わせで、トンネルを掘り・鉄橋を掛けた凄い人間達がいたことを忘れないようにしなければ。

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