阿曽原温泉小屋

k

下流域が、安心安全になったのは?

2024-12-17

写真

カニの後に1人でヒッカケに・・・一升瓶の方は、なかなか手に入らないそうです

毎年、テレビ局が黒部に番組を作りに来ているのは何故でしょう?

険しい地形と激しい自然条件の中で形成されてきた「黒部の凄さ」はもちろんですが、そんなパワフルなエリアに百年前から人間が入り込み開発し始めて現在まで維持管理して来た「人間の凄さ・頑張り」を伝える事で視聴者に感動してもらえると確信しているから番組制作に来てくれているものと理解しています。

ダム建設等電源開発に併せて「治山・砂防」対策のおかげで、下流域が洪水被害から守られて「米どころ」になり安心で豊かな生活を享受できるようになったのも忘れてはなりません。(当たり前の事ですが黒部川は繋がっているのです)

我々は能登半島の被災者の方々から比べれば、人的被害・住居被災を被った訳ではありません。

また今回は平成7年や14年の様に営業中の災害ではなかったので、仕入れた食材等が無駄になったり、従業員を抱えたまま休業に追い込まれたわけでもありません。

なんといっても自然相手の仕事なんだから誰に文句言える訳ではありませんし、なにより我々は何度も災害に翻弄されては立ち直ってきました。

続く・・(くどいかなぁ??)

何度も何度も、痛い目に遭いながら頑張って来たのです

2024-12-17

写真

冬の富山は美味いモノが沢山あるのです(今年はブリが大漁らしく)

太古の昔から、黒部の山奥では山腹崩壊が繰り返されて崩れた土砂・岩塊は急こう配で降水量の多い黒部川の流れで下流まで運ばれて深い峡谷と広い扇状地をつくってきました。

黒部渓谷流域は両岸の造山運動と激しい気象条件で、変化し形を変えるペースが他の山域よりも早く激しく安定していないのです。

私もダイブツ達メンバーは何度も調査・作業に駆り出されてきましたし、時には遭難救助で多分人間が初めて入ったであろう場所にも入っていろいろ見て来ましたが

「鐘釣山」 は石灰岩ですが、そもそもサンゴ礁や貝殻等海底で作られ地下で圧縮され生成された岩がが山奥にそそり立っているって?

「猿飛峡」にクランク形状の渓谷がなぜ出来たのか??

針葉樹・広葉樹・灌木・クマザサ・雑草等々、場所によって植生(山菜)が違うのか??

等々、他の山域とは違う「激しい黒部の見方?」の勉強になりましたが、まだまだ分からん事や知らない事の方が多い気がします。

そんな谷底をトロッコ列車が走っている訳で、旅客開放された当初は乗車証に「命の保証はいたしません」と書かれていたそうです。

「危険な場所」と言えばそうなのですが、さすがに現代ではそんなこと言ってお金を出して頂く訳にはゆかないので、安全運行のために沿線の山腹調査を毎年継続的に行ない~浮石・斜面崩壊等の不安要素が見付かれば 除去作業 やスノーシェッド・防護壁等の対策工事を行いながら、それなりの安全の確保を担保しながら運行されてきました。

しかし地震の少ないと言われてきた富山県で、今回の能登半島地震の揺れの強さは尋常ではありませんでした。

続く・・・

黒部は生きてます!

2024-12-16

写真

「香箱カニ」(カニ刺しも有ったのですが、すぐにかぶり付いて写真撮れませんでした)

人間は百年前から圧倒的なパワーを持つ黒部峡谷に、災害・被害に繰り返し遭いながらも汗を流し・知恵を絞って立ち向かったおかげで、電源開発~観光地&治山・砂防事業に入ってきました。

黒部川が出来上がってから何万年?もの長い時間を掛けて今が有りますが、両岸を観察すると・・・太古の昔はズ~ッと高い場所を流れていた地形・痕跡を確認することが出来ます。(宇奈月スキー場舟見地区等々の高台の緩斜地は黒部川が流れていたらしい)

「黒部川扇状地」は、上流部の膨大な崩壊土砂がV字峡を流れ下りながら渓谷を削り流れ下った土砂で形作られたのです。(北陸新幹線「黒部宇奈月温泉駅」はド真ん中です)

先日NHKで放送された

 「中部ネイチャーシリーズ」 前編:生きている大峡谷 黒部  後編:黒部 “日本一”の大峡谷を行く

の中でも紹介されていましたが、前編で「パンダ石」の大石が下流部の扇状地で転がっているのが映され、後編で白竜峡でパンダ模様の岩壁を見つけるシーンがありました。

土砂が山奥から運ばれてきた証拠になりますが、何を言いたいかというと「黒部は生きている!」ってことです。

災害は残念ですが・・・ヤッパリ黒部なのです!

2024-12-15

写真

焼きカニ(震災で心配されたカニ漁ですが、なんとか漁獲は有るようです)

先の報告のとおり、残念ながら来シーズンもトロッコ列車は終点の欅平駅までは運行不能となりました。

これまで30年余り阿曽原小屋を経営してまいりましたが、

平成7年の大洪水! 平成14年の落石事故! 平成23年の地震による地滑り! 平成8年17年27年の大雪!等々

全く営業出来ないシーズンや、一週間程度しか「下ノ廊下」が歩けなかったシーズンがあって経営に大打撃を受けたこともありました。

(他にもコロナ禍で営業出来なかったり・・・なかなかの確率です)

なんですが、黒部峡谷が電源開発で本格的に調査・開発され始めて百年余り、その険しい地形と激しい気象条件で何度も被災して来たのは、小説「高熱隧道」 映画「黒部の太陽」等で知られているところです。

通常営業出来ません!(来シーズン計画されている方々へ)

2024-12-14

写真

後曳橋を通過するトロッコ列車

来シーズンも、黒部峡谷鉄道(トロッコ列車)は全線運行不能!と正式に発表されました。

公式HP参照  ※早くても、再来年シーズンの秋になるかも??

よって阿曽原温泉小屋は、来シーズンも通常営業は出来ない見通しとなりました。

今シーズンは欅平方面に向かわれても宇奈月方面へ下山する術が無いので、黒部ダムからのピストンで「下ノ廊下」を歩かれる方々向けに「素泊まり小屋泊」「キャンプ場利用」の対応しか出来ず、例年とは比べ様もない静かな?阿曽原でした。(昨シーズンは 予約の取れない小屋 だったのですが)

今冬は大雪の長期予報が出されており、冬が終わって現場の残雪量・雪崩デブリの出方等を確認してみないと、「下ノ廊下」が通行できるか?現時点で見通しを立てるのは困難であります。

ただし営業出来るか?は別として、小屋を建てないと湿気で部材が痛んでしまうので建てるだけは建てなければなりません。(コロナ禍時、小屋を建てなかったばっかりに痛い目に・・)

更には登山道・キャンプ場等の草刈り等の整備は、標高が低く雑草雑木が生い茂る黒部エリアでは一年間も手を抜くと、翌年の管理・整備の作業量が大変になるので利用者が居なくても済ませておかねば後から自分に跳ね返ってきます。

なので阿曽原の整備には入る予定ですが、登山者を受け入れられるか?は夏場を過ぎて見ない事には判断がつきませんので、来シーズン計画されている方は引き続きこのページで情報を仕入れていただければと思います。

百周年に向けて

2024-12-06

写真

新雪の朝日岳~白馬岳方面 

明日は、「中部山岳国立公園指定九十周年記念総合式典」 出席のため松本市まで日帰りの予定です。

九十年???私の母親の年齢よりも長いって考えると・・・長いこと大切にして来られたものだと改めて。

今シーズンから富山県内でも試験導入された「トレールプログラム」ですが、国立公園内ではあったものの登山道が作られた経緯がマチマチだったりしたもので、その時その時で「綱渡り状態?」で補修・管理が行われて来た経緯があります。

百周年に向けて「シッカリした仕組み」が整備されて、大切な大切な自然環境が保全されてゆくよう願うと共に「自分に出来る事」を考えて動いてゆかねば!なんてことを考えたりなんかして。

式典後には、対談①「山との付き合い方」として野口健さんと小林千穂さん  対談②「次世代を担う山小屋経営者」(各方面の若手経営者の対談で、富山からは剣沢小屋の佐伯新平君が)

写真は入善町「杉沢の沢スギ」からの山並ですが理屈抜きにキレイでした。

アーカイブ

最近の記事